修道院が手に入れた魔女の秘薬〜ワームウッド

ワームウッド(ニガヨモギ) wormwood


ワームウッド(ニガヨモギ)は世界的に有名な薬草酒「アブサン」にも使われる魔女の薬草の一つで、日本のヨモギと同じ仲間の薬草です。

学名: Artemisia absinthium (アルテミシア・アブシンチウム)
和名・別名:アブシント、アルセム 生薬名:苦艾(くがい)
科名:キク科
使用部位:葉部


leaf3_mini 植物分類と歴史

ニガヨモギ(苦蓬菜)ことワームウッドの原産はドイツブレーメンあたりとされ、道端などに野生している植物でキク科の多年草だ。60センチほどに成長する葉は銀白色で美しく、大きくなると1mを越して株元の茎の表面が木のようになり低木状になる。葉には深い切れ込みがあり、表面に白くて細かい毛が生えて銀白色に見える。夏に小さな黄色い花を下向きに咲かせる。風によって花粉が運ばれる「風媒花(ふうばいか)」で、この種の植物は花粉がこぼれて風に乗って運ばれやすいように、花が下向きに咲いていると言われている。風媒花は虫を誘う必要がないので大きくて美しい花びらを持たないものが多いが、この植物もそんな感じがする地味な雰囲気の花である。

 
ワームウッドの葉 

見た目は日本のヨモギに似ているがヨモギとは種類が異なる。ワームウッドの仲間は数種類ほどある。日本のヨモギはマグワートと呼ばれ、学名はA. vulgaris。ワームはご存知の通り「虫」の意味で、駆虫や毒消しに非常に優れた効果があるとされ、そこからworm(虫)wood(木)という名前が付いたといわれている。(かつてヨーロッパなどで抗菌作用や虫下し作用があるので、ギョウ虫など寄生虫の駆除のために、空腹時に摂取する習慣があったことから。)

ワームウッドはハーブの中でも非常に強い苦みを持っており、この苦味は切れ味が良く爽やかな苦味と評価されている。また葉を指で揉むとヨモギとは違ったアブサントールという独特な香りが発せられる。このような苦味や香りは「エデンの園を追放された蛇(蛇もワームと呼ばれた)が這った後から生じた草だから」という伝説が元になっているという説もある。また北欧バイキングの間では、「これを見たものはただちに死する」とも噂される。
さらに「ワームウッド=苦い」という意味の比喩としても用いられ、シェークスピアの「ハムレット」の中でハムレットが王妃の言葉がきついのを見て「苦いぞ、苦いぞ。」と言うシーンがある。
属名のアルテミシアはギリシャ神話の女神「アルテミス」に捧げた薬草であったことから由来するとされる。種小名のアブシンツイムはニガヨモギの意味だ。

ところで、ニガヨモギといえば、ハリーポッターの中でハリーたちが魔女学校5年生の最初の授業で「生ける屍の水薬(Draught of Living Death)」の材料として登場したことでも知られる、魔女の薬草なのだ。この「生ける屍の水薬」とは、非常に強力な眠り薬のことである。ユリ科の植物のアスフォデル(Asphodelus albus)の球根の粉末とニガヨモギを煎じつめることによって精製され、眠り薬としては余りに強力なのでこの名が付けられている。

アスフォデルの花


leaf3_mini 安全性と相互作用

安全性:クラス2b(妊娠中に使用しない)、 2c(授乳期間中に使用しない)2d(長期使用を避ける)
相互作用:クラスA (Botanical Safety Handbook 2nd edition アメリカハーブ製品協会(AHPA)収載)


leaf3_mini 学術データ(食経験/機能性)

11世紀のアラビアの医学者・哲学者のアヴィケンナはワームウッドに食欲増進作用があるといい、また14世紀イタリアのサレルノ医学校(中世欧州医学の中心的存在で、ギリシャ、ローマ、サラセン、ユダヤの諸民族がここに学びに来たという)では、船酔いに効果があると教えていた。
その後リウマチ、ペスト、コレラ、扁桃腺炎、中耳炎、虫歯などに効果があるとされ、また駆虫薬や衣類の防虫薬としても用いられていた。日本には明治初期に渡来して以来、乾燥した葉が駆虫薬などに利用されている。他の植物のそばに植えたり、刈り取った茎葉を敷き草にしたり、すき込んだりすることで害虫を忌避する効果が期待できるという。
現在国内では清涼飲料水、リキュール、ハーブ酒などに香り付けなどの目的でつかわれる。食品添加物(天然香料基原物質リスト)として認可されており、狭義ではカフェインと同じく苦味料に分類される。


<ワームウッドのリキュール>

ワームウッドを用いたリキュールでは「緑の魔酒」ともいわれるアブサンが有名だが、白ワインを主にニガヨモギなどのハーブを浸けた「チンザノ」などのベルモット酒でも一般的である。




「アブサン(Absinthe)」
この植物を最も有名にしたのはアブサンの原料として使用されたことにより、後にアブサンの禁止理由になったことからで、それまではベルモット酒の原料や聖書の中の植物として、どちらかというとマイナーな植物であった。
ベルモットの語源はワームウッドのドイツ名、wermut(ヴェルムート:精神を保護するもの)に由来する。またフランス語では、ワームウッドもリキュールのアブサンも「(Absinthe(アプセン))と呼ばれる。このワームウッドが苦み・独特のフレーバー・ツジョンの3要素を作り出し、どれもアブサンには欠かせない特徴である。19世紀には、感性やインスピレーションを引き出す霊酒として、芸術家に愛飲された。アブサンに魅せられた人々をアブサニストと呼ぶそうだ。彼らは、時に心身に異常を来たし、時に人生を破滅させた芸術家たち。
それがワームウッドの幻覚成分のせいなのか、単なるアルコール中毒だったのかは定かではないようだが。当時の 芸術家はこのアブサンを愛用し、フランス の画家アルベール・メニャンは『緑色のミューズ』でアブサンの魔力に侵されているイメージを絵にあらわし、またマネは、アブサンを飲み、魔女に惑わされる風を描いている。

アブサンと芸術家の話は、ハーブうんちく「悪魔の酒アブサン」で紹介して売るので、ぜひご一読を。


アルベール・メニャン「緑色のミューズ」  


マネ「アブサンを飲む男」

ただ、度数が非常に強く価格が安かったことからアルコール依存症に陥りやすかったり、成分の「ツジョン(ツヨン)」が幻覚等、抗精神作用を引き起こすといわれて、1907年にスイス、また1915年フランスで製造、販売禁止された。

1987年に国際機関で「一定の濃度以下であれば安全」という提言が発表されて、その翌年から各国で生産が再開されるようになった。という曰く付きのリキュールなのだ。  

かつてのアブサン(左)と現在のぺルノ社のアブサン(右)

アブサンの特徴的な苦みの元はワームウッドに含まれるアブシンチンで、消化促進や消化機能に刺激を与えるとして、胆のう・肝臓・胃の病気の症状改善に効果が高い。
また穏やかな抗感染作用により直接傷や打身に当てると治りが早く、感染症を防ぐことも知られる。マラリアに効くアーテミニシンというセスキテルペンラクトンがあるが、これはワームウッドの葉にも含まれ、中国の伝統医学の代表的なマラリア治療薬でもある。

アブシンチン 

アーテミニシン

そのほか、麻酔効果で関節炎やリューマチの痛みを軽減し、生理を正常化し生理痛をやわらげるとされる。 ただし前述の精油成分のツヨンは、発がん性でも知られ、大量に長期間摂取すると胃や腸の痙攣、また吐き気、ふらつきなどが起こる場合もある。また妊娠中や授乳中の方のご使用は控えるべきである。このツヨンは光学活性があり、右旋性のものが有効成分であることが知られている。
構造的には右に挙げたメントールと良く似ている。この化合物は脳の活動を活性化させ、想像力を助長し、性的興奮を増進させると考えられている。つまり神経毒であり同時にある種の精神作用を持っているとされる。ただ実際の作用機構の詳細は現在も不明らしい。また大麻の麻薬成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)との構造の類似が指摘されていて、脳内では同じ受容体に結合するのではないかと考えられている。


ツヨンとメントール



ツヨンとTHC

ツヨンだけではなく、他にもワームウッドのいくつかの成分が「アブサンの狂気」に手を貸していると考えられているようだ。

さて魔女の薬草にふさわしいワームウッドを取り上げてみたが、人間は、古くから植物の持つ影の部分、つまり毒性を、時に魔力として、また命をつなぐものとして利用してきた。人の弱さと強さをうまく兼ね備えた秘薬、それが薬草酒であったのではないだろうか。
薬草酒は語ると尽きない。

薬草酒の歴史については、ハーブうんちく「薬草酒の歴史」で紹介しているので、ぜひご一読を。

(文責 株式会社ホリスティックハーブ研究所)


参考図書
「健康・機能性食品の基原植物事典」佐竹元吉ほか著
「ハーブの歴史」ゲイリー・アレン著
「基本ハーブの事典」北村佐久子著 東京堂出版
「中世の食生活」B・A・ヘニッシュ著 藤原 保明 訳
「中世ヨーロッパの生活」ジュヌヴィエーヴ・ドークール著 大島誠訳
「メディカルハーブの辞典」 林真一郎編集
「ハーブティーブレンドレッスン」ハーブティーブレンドマイスター協会編集
「The Green Pharmacy」 James A Duke著
「The complete New Herbal」 Richard Mabey著
「Botanical Safety Handbook 2nd edition」 アメリカハーブ製品協会(AHPA)編集


参考データベース&論文  
日本漢方生薬製剤協会HP http://www.nikkankyo.org/  
養命酒HP http://www.yomeishu.co.jp/index.html  
米国国立医学図書館 PubMed(パブメド)

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