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ハイビスカスの疑惑?

よくハーブの本とかに、ハイビスカスはエジプトのヒビス神に由来するとか、クレオパトラが飲んでいたとか。。いろいろな逸話があるようですが、実は本当ではなかった?かもしれないというお話です。実際の真偽はわかりませんが、いろいろ調べてみました。


●ハイビスカスの疑惑?

よくハーブの本や植物の本などでハイビスカスの説明に以下のような文言がよく見受けられる。有名な書籍でも記載されていたりするのだ。
「ハイビスカスの学名Hibiscusとはエジプトの美の女神Hibisに由来する」
「クレオパトラもハイビスカスティーを飲んでいた」
この2つの表現は、長い間、専門家の間でも史実として言われ続けてきたが、最近ではどうやら違うらしいと言われ始めている。
そもそも、エジプトの女神に「ヒビス」という神は存在しない。古代エジプト時代~ヘレニズム時代まで含め、エジプト語、ギリシャ語、ラテン語、さらに周辺諸国の言語まで含めても、類似する名称の神は男神でも女神でも全く居ないのである。かろうじて似ているのが西方砂漠のヒビス神殿だが、この神殿からヒビス神という話が生まれたのだろうと私は思っていた。

でもよく考えるとここはアメン神の神殿でさらに沙漠の中のオアシスに寄り添うように建てられた比較的新しい神殿なので、花の名前に使われるとは考えられないと思うのだ。またクレオパトラが飲んでいたかどうかについても、改めてハイビスカス(というかローゼル)の歴史を調べてみると矛盾がいくつか見えてくるのだ。たしかに現代のエジプトでは、カルカデという名前でハイビスカスティーがよく飲まれている。しかし古代エジプトの時代、果たして同じように飲まれていただろうか…?

●名前の由来

ハイビスカスという単語はもともと、古代ギリシャ語で「ibiscos(イビス=トト)」と呼ばれていた。
名付け親は紀元後1世紀の植物学者である、ペダニウス・ディオスコリデス。あの超有名な薬物誌「マテリア・メディカ*」の著者だ。


*この書は古代ローマ皇帝ネロの時代77年に発刊され、動物薬80種、植物薬600種、鉱物薬50種と分類されている。本書には「毒は薬なり」という言葉もある。
もともとこの名前は、タチアオイという植物に与えられた名称だった。この「マテリア・メディカ」はラテン語、アラビア語などに翻訳されて16世紀まで使われていく。
古代ギリシャ後「ibiscos」がラテン語に翻訳されたものが「hibiscos」で、その名前の元祖であるディオスコリデスの見ていたフヨウ属の花とは、同じ属ではあるが別物だったようだ。


マテリアメディカに収載のフヨウ属の花とアラビア語のマテリアメディカ

ラテン語に翻訳されて、18世紀にスウェーデンの植物学者リンネによってフヨウ属(ハイビスカスが属する)の名前に転用されたというのが由来のようだ。
リンネが1753年に「Hibiscus rosa-sinensis」と名づけた元々の種は八重咲きのものだった。冒頭でご紹介した観賞用のブッソウゲの学名がこのrosa-sinensisなのだ。どうやらこの辺りからローゼルと観賞用ブッソウゲなどの仲間がハイビスカスで統一されていったのではないだろうか?
「1753年にリンネがH・ローザシネンシスとしたものは、八重の赤い花であったが、中国では1500年代に既に栽培されていたといわれ、インドにもブッソウゲを指す古い言葉が少なくないことから、古くから栽培されていたと推測されるが、原産地はまだ明らかではない。一説には中国南部を原産地とするが、それは名の種小名rosa-sinensis、即ち<中国のバラ>という言葉が、中国原産の印象を強めたためと思われる。ローザシネンシスという言葉は、リンネが命名する以前に他の学者がフヨウにもブッソウゲにも、その名の一部に用いており、リンネはそれをブッソウゲの名に用いたようである。」講談社園芸大百科事典 フルール第五巻 夏の花Ⅰより引用

さて、ヒビス神の由来だが、どこでそうなったのかはよくわからないが、ibisイビス=トキがエジプトでは知恵の神トト(男性)の象徴であったのは事実である。おそらく名前の由来としては女神とは関係ないだろう。そもそもイビスは神の名前ではなく神を象徴する動物の一般名だ。ギリシャ語のibisが神ならば、ラテン語化したhibisも神のはずだということで「hibis=エジプトの神(の象徴)」と飛躍した説が生まれてしまったのではないだろうか?

●クレオパトラはハイビスカスティーを飲んでいたのか?

名前の由来からも分かる通り大航海時代以前のヨーロッパにタチアオイは存在したが、リンネが「Hibiskos」と名づけることになる花に似たものは知られていなかったということがわかる。
リンネが「Hibiskos」と名づけた八重咲きのハイビスカスの原産地が中国かインドだったことから考えるに、インドに仲間の植物があったというのは不思議ではないし、それがマレーシア経由でアフリカに持ち込まれたというのも大航海時代の人の動きとしては納得のいく航路だ。きっとマレーシア周辺の香辛料をヨーロッパに運ぶ船が載せていたのだろう。

つまり最初に持ち込まれたのは西アフリカで、そこからアフリカの熱帯地域に広まっていったと考えるのが妥当だと思う。
それ以前にエジプトで既に広く存在していたなら、このようなことは起こらない。存在していて、かつクレオパトラの食卓に上がるほど広く知られていたのなら、必ずその名前が知られていたはずで、新たに名づける必要などないからである。ナポレオンの率いた調査隊による19世紀初頭の記録、「エジプト誌」にも、確かにハイビスカスは一切出てこないのだ。
つまりエジプト王朝時代の地中海沿岸には、ハイビスカスの仲間のローゼルは存在していなかったはずなのだ。ただ、ご存知の方もおられるだろうが、昨今の考古学の説ではクレオパトラは西洋人ではなく、アフリカ系の血を引く人間だったという説が浮上していることを考えると、もしかしたら、アフリカではすでに似た植物があったのかもしれない。

ローゼルの起源地をほうぼう探してみると、米国インディアナ州のパデュー大学の作物インデックスの中に情報があったので紹介しておく。
“Roselle is native from India to Malaysia, where it is commonly cultivated, and must have been carried at an early date to Africa. It has been widely distributed in the Tropics and Subtropics of both hemispheres, and in many areas of the West Indies and Central America has become naturalized.”
いろいろと経緯を追ってみると、結局ローゼルは、西アフリカの奴隷たちによって、まずジャマイカ、南米へと持ち込まれて、メキシコで人気を博したあとにエジプトに持ち込まれた。
それが19世紀後半頃なのだろう。エジプトでは20世紀の半ばにようやくポピュラーな飲み物となった。ハイビスカスは気候があうところならどこでも栽培できたので、人の拡散とともに広まっていった。それが本来の原産地を分かりづらくしている理由でもあるが、原産地がエジプト周辺やアフリカ大陸でないことだけは確実だ。

文責 クラウターハウス 代表 橋口智親

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