薬草酒(リキュール)の歴史

薬草酒とは、薬草や香味のすぐれたもの,そのほか医療や強精に役立ちそうな物質の成分を浸出させた酒のことです。最近は嗜好性の高いリキュールという言葉と同義的に使われることも多くなり、薬草酒とリキュールの区別も曖昧になってきています。
このコラムでは、薬草酒やリキュールの歴史を簡単にご紹介します。

薬草酒の起源とは

古代ギリシャの医師・ヒポクラテスが薬草をワインに漬け込んでつくった水薬がその起源だという説、古代ヨーロッパのケルト民族の自然薬としてヒーラー(薬草師)たちが使っていた説などなど諸説あります。

リキュールという言葉がありますが、現在ではリキュールは蒸留酒をベースとしたものが一般的であり、ヒポクラテス時代のようなワインをベースとしたものはリキュールとは呼ばないのですが、薬草をアルコールに漬け込んだ飲み物という意味では、薬草酒=リキュールと捉えて、説明します。

一方、東洋医学の源である中国では、「神農(じんのう)」という伝説の医師・農学者が草木を採取してはその効能を自らの体で人体実験して「神農本草経」という書物を記し、本草学の創始者となっていきました。それ以上に彼は緑茶、紅茶をはじめとした「チャノキ(カメリア・シネンシス)」から作られる茶葉の発明者としても有名な人物でもあります。のちに古代中国の中医学から漢方医学、薬草医学が生まれます。

さらにヨーロッパで薬草をアルコールで浸出させるチンキ剤が生まれ、それが発展して薬用酒ができました。チンキ剤は植物の薬用成分の抽出に最も効率的だったから、ヒポクラテスはじめ、洋の東西を問わず、家庭でも自家製の水薬(薬草酒やハーブティー)を作っては愛飲して健康に資してきたのです。

リキュールの誕生

中世ヨーロッパ時代にはハーブの世界で有名な、ヒルデガルトなどの修道士や錬金術師(今でいう薬剤師)たちが、蒸留酒に薬草や香草類を混ぜ合わせることで、より身体に良いとされる酒をつくるよう改良していきます。
のちに修道院の商材として、独自のレシピが作られていくことになるのです。
リキュールの起源については確定できる正確な記録は存在しません。
最も古い初歩的な蒸留器の発見は、紀元前4000年のメソポタミアにまで遡ります。その後ヘレニズム時代にいくつかの痕跡が残っていたり、中東地域で紀元600~800年代の間に蒸留技術の研究が始まったことなどが分っています。


日本の薬草酒(リキュール)

薬用酒というのはどこの国でも酒の発明と同時に作られ始めたものであり、歴史はかなり古いのです。日本にも「サル酒」というのがあって、それはサルが野ブドウや猿梨を樹木の洞の中に隠しておいたのが、たまたま湿気と高温でうまく発酵して、お酒になったのを人間が偶然発見して飲んでみたら、うまかったという話があます。

古来、日本にもリキュールは存在しました。その一番古いものが「お屠蘇」です。
もともとは中国で生まれたものが、平安時代初期の日本に伝えられ、宮中行事などに使われました。清酒やみりんに白朮(びゃくじゅつ)、桂皮(けいひ)、桔梗(ききょう)、防風(ぼうふう)、山椒(さんしょう)などを漬け込んでつくられました。これらの植物は薬草としても知られており、西洋と同様に薬酒としての意味合いが強いものでした。
ほかにも「菊酒」というものもあります。

起源は中国であり、薬用の観点からも植物などを研究しようという江戸時代の本草学(ほんぞうがく)の書物『本朝食鑑』によると、菊酒には2種類があるとされます。一つは、菊の花びらを浸した水で日本酒を仕込んだもの。もう一つは、菊の花を焼酎に浸したのち煮沸、さらに氷砂糖を加えたものであます。
お屠蘇も菊酒も、ともに平安時代以降の貴族社会で嗜まれたもので、庶民にまで広まったのは江戸時代に入ってからのことです。そして諸国で薬用酒づくりが盛んになっていき、今では保命酒、養命酒、ハブ酒、マムシ酒、梅酒などが知られます。


薬草酒から製剤へ

ヨーロッパでは蒸留酒をベースとするリキュールの原型は11世紀頃に遡ます。
中世になると錬金術ブームと相まって「賢者の石」「哲学者の石」という、いわゆる黄金変性のための「触媒」の研究が盛んとなます。
当時の錬金術師たちは「アクア・ヴィターエ(生命の水)」と呼ばれる蒸留酒を作り出す。「万能薬」「秘薬」「不老薬」などと呼ばれる秘薬たちの研究も盛んになっていきます。
中世の修道士達は様々な技術、特に医学における研究を促進し、薬草を利用したインフーゾとよばれる煎じ茶(今のハーブティー)などを用いて病気と対峙していました。そして、治療薬を長期保存でき、持ち運びができることを目的に、修道士たちはインフーゾとは違った、ガレノス派医学を応用していきます。
そもそも化学の知識の確立の数世紀前に、古代ローマのガレノスがガレノス製剤と呼ばれる様々な製剤法を発明していました。その過程で蒸留(エッセンス抽出、濃縮、リキュールの製造)の実験、賦形剤(薬剤を服用しやすくするなどのために加える物質)やアルコールなどの、より、安定した添加剤の利用、大きな医療的相乗効果を求めて様々な物質の混合の実験などを行っていたのです。
そのガレノス派医学をベースに「エリクシール」としてリキュールの開発が始まります。
中でも有名なのがパラケルススの「秘薬」であるエリクサーです。

エリクサーの正体はアヘンのチンキ剤です。
アルコール抽出することにより、効果的に薬効を発揮できるというメリットがあるため、ヒポクラテス時代より多く用いられた製薬法です。アヘンの麻酔性と緩解性、鎮痛効果、そして気分高揚などが相まって、一時的とはいえ苦痛や苦悩を吹き飛ばしてくれたにちがいないでしょう。
それ以上に、彼ら錬金術師にとって、このエリクサーと「賢者の石」を見つけること、そしてかつてのケルトのヒーラー(薬草師)たちが行っていた植物成分の調合をすることが至極の喜びだったようです。
そのため修道院では修道士たちの健康維持のために盛んに薬用酒づくりが行われていきました。(当時修道院では飲酒は禁止でなかった。)

このように、リキュールは薬理作用のある薬用酒としての性格が強い酒だったが、のちに飲みにくいリキュールを病人に飲ませやすくした、「ロソーリオ(Rosolio・太陽のしずく)」が生まれ、イタリア全土に広まり、嗜好品として扱われるリキュールが誕生します。
同様にフランスやドイツの修道院では少しずつ医薬分野とリキュール分野が分けて考えられるようになり、リキュールは商材として修道院の資金源となっていくのです。
特にリキュールの分野は味や風味の改良を積極的に行い、多く人の要求に応えるべく、種類のバリエーションを増やすまでになり現在に至ります。
そのリキュールにはミントを初め、多種多様のハーブが使われます。ハーブ系リキュールはハーブの香りが穏やかで飲みやすい甘口タイプのリキュールや苦味の効いた辛口タイプのリキュールと銘柄によって様々な種類があります。

たまには、昔の人たちに想いを馳せながら、カクテルバーにても行ってみませんか?

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